2008年10月31日金曜日

不服2004-15524(特願平6-507985 )

1.手続の経緯・本願発明
本願は、1993年9月10日(パリ条約による優先権主張1992年9月11日及び1992年10月28日、EP)を国際出願日とする出願であって、その請求項1~12に係る発明は、平成20年2月20日付手続補正書によって補正された明細書の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1~12に記載されたとおりのものと認められるところ、そのうちの請求項1及び2に係る発明(以下、それぞれ「本願発明1」及び「本願発明2」という。)は次のとおりである。

「【請求項1】
DNAで形質転換されたファフィア株であって、
前記DNAは、
a)ファフィアプロモーターと、
b)ファフィア細胞において発現するべき所望の遺伝子であって、当該遺伝子がファフィアプロモーターより下流にリンカーを介し作動可能な様式でクローン化された外来遺伝子である遺伝子と、
を備える、ファフィア株。
【請求項2】
前記ファフィアプロモーターがアクチンプロモーターである、請求項1に記載の形質転換されたファフィア株。」

2.当審の拒絶理由
一方、当審において平成19年11月14日付けで通知した拒絶の理由の概要は、次の理由(1)及び(2)を含むものである。
(1)この出願の発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
(2)この出願は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第5項第2号に規定する要件を満たしていない。

3.特許法第29条第2項について
(1)引用例
当審において通知した拒絶の理由に引用され、本願の優先日前に頒布された、欧州特許出願公開第482544号明細書(以下、「引用例」という。)には、ファフィア・ロドザイマ菌株を改良する利用可能なただ1つの方法は突然変異誘発の過程を繰り返すことであったことが説明され(2頁29~37行)、
ファフィア・ロドザイマのスフェロプラストを製造する方法を発明したこと、ファフィア・ロドザイマの細胞を融合する方法を発明したこと(3頁4~15行)が記載されている。

(2)対比
本願発明1と引用例に記載された発明は、ファフィア株に関するものである点で一致しているが、本願発明1は、「DNAで形質転換されたファフィア株であって、前記DNAは、a)ファフィアプロモーターと、b)ファフィア細胞において発現するべき所望の遺伝子であって、当該遺伝子がファフィアプロモーターより下流にリンカーを介し作動可能な様式でクローン化された外来遺伝子である遺伝子と、を備え」たものであるのに対し、引用例に記載された発明においては、そのファフィア株は、DNAで形質転換されたものではなく、
「 a)ファフィアプロモーターと、
b)ファフィア細胞において発現するべき所望の遺伝子であって、当該遺伝子がファフィアプロモーターより下流にリンカーを介し作動可能な様式でクローン化された外来遺伝子である遺伝子と」を備えていない点で相違している。

(3)判断
ア)まず、引用例の発明はファフィア株に関するものであるが、当業者が、DNAで形質転換してみようとすること、すなわちそのような課題を抱くことが容易になし得ることか検討する。
本願の優先日においては、大腸菌はもとより、酵母においても遺伝子組み換え技術も発展し、Saccharomycesのみならず、Pichia属酵母においても異種遺伝子により形質転換したことが知られ、技術常識となっている。
ファフィア株は、本願明細書でも説明されているように、アスタキサンチンを含有するものとして知られているものであり、ファフィア株の研究者であれば、ファフィア株を遺伝子組み換え技術により形質転換してみることに、興味を抱かないわけがないものである。請求人が、平成20年2月20日付け意見書に記載するように、本願出願時において、ファフィア株の形質転換は従来困難であったのではなく、単に報告されていないというものである。このことは、当業者が、ファフィア株を遺伝子組み換え技術により形質転換してみようとすることを阻害するような特段の事情がないということであって、当業者であれば、容易に、ファフィア株を遺伝子組み換え技術により形質転換してみようとするものである。

イ)当業者が、ファフィア株を遺伝子組み換え技術により形質転換してみようとしたときに、ファフィアプロモーターを用い、その下流にリンカーを介し作動可能な様式で外来遺伝子をクローン化することが容易にできるか検討する。
遺伝子工学において、異種遺伝子を発現させるのに、宿主由来のプロモーターを用い、その下流にリンカーを介し作動可能な様式で外来遺伝子をクローン化することは周知の技術である。当業者であれば、ファフィア株を形質転換するときにファフィア由来のプロモーターを用いることは容易に想到できるものである。そして、ファフィア由来のプロモーターを取得しようとしたときに、請求人が平成20年2月20日付け意見書においてアクチンプロモーターについて主張しているように、取得が困難なプロモーターもあろうが、ファフィア由来の多種多様なプロモーターのなかには容易に取得できるものもあるといえる。
なお、請求人は、平成20年2月20日付け意見書の5.において、「ファフィアの形質転換プロトコールが一旦確立されたことによって、当業者であれば、本願発明の形質転換技術を指標として、ファフィアアクチンプロモーターを他のファフィアプロモーターに容易に置き換えることができます(本願明細書、第7頁、第10-27行)。」と、従来困難であったファフィアプロモーターの取得が、本願明細書で開示した技術により、アクチンプロモーターのみならず、他のファフィアプロモーターも当業者が容易に取得できるようになったかのような主張をしているが、本願明細書の実施例5、6のアクチンプロモータを取得した過程を見ても、ファフィアの形質転換プロトコールとは関連のない方法を用いているのであり、当を得ない主張である。

ウ)以上により、本願発明1は、引用例に記載された発明及び本願優先日前の周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものである。

4.特許法第36条第5項第2号について
本願発明2は、「アクチンプロモーター」を発明の構成に欠くことのできない事項としている。
ここで、「プロモーター」とは、一般に、遺伝子の転写の開始部位を決定し、またその頻度を直接的に調節するDNA上の領域で、ここにRNAポリメラーゼ又は転写因子が結合することによって機能するものであると知られたものである。
ところが、本願の発明の詳細な説明には、アクチンプロモーターがpGB-Ph9に含まれるSacI-SalI断片に含まれていることは示されているが、SacI-SalI断片は、第3図によれば1000bpを越える大きさであり、しかも、配列も明らかにされていないものであるから、そのどの部分がアクチンプロモーターに相当するものか、まったく明らかになっていない。
したがって、発明の詳細な説明を見ても、アクチンプロモーターが明確ではないので、請求項2に、発明の構成に欠くことのできない事項が記載されていないことになる。

5.むすび
以上のとおり、本願発明1は、引用例に記載された発明及び本願優先日前の周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、また、本願発明2について、本願は、特許法第36条第5項第2号に規定する要件を満たしていない。
よって、その他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本特許出願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

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