2008年10月31日金曜日

拒絶査定不服審判 不服2004-19976 特願平5-350276

I.手続の経緯、本願発明
本願は、平成5年12月28日(パリ条約による優先権主張 1993年1月4日、オランダ)の出願であって、本願請求項1?17に係る発明は、平成15年9月25日付けと平成16年10月26日付けの手続補正で補正された明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲の請求項1?17に記載された事項により特定されるとおりのものと認めるところ、そのうち請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は次のとおりである。
「【請求項1】 少なくとも2面の情報平面を有する光学的記録担体と、前記記録担体の一方の側から前記情報平面を走査する読取り装置とを備え、その読取り装置が、読取るべき情報平面上に放射線スポットを形成するとともに、前記記録担体からの放射線を検出出力電気信号に変換する放射線感知検出系まで通過させる光学系と、前記検出系に電気的に接続して前記検出出力信号を情報信号に変換する検出回路とを備える情報蓄積系において、
前記情報平面相互間の距離および前記情報平面の光学特性が当該情報蓄積系の妨害に対する要求に適合して、読取るべからざる各情報平面で発生した検出出力信号からなる妨害信号の和と読取るべき情報平面で発生した検出出力信号からなる読取り信号との比が、読取るべからざる全ての情報からの最大妨害信号と読取るべき情報平面の読出し信号との比として前記検出回路によって予め設定された妨害比Qより小さいことを特徴とする多平面情報記録系。」

II.引用例
これに対し、原査定の拒絶の理由に引用された、本願優先権主張日前に頒布された刊行物である特開平3-209642号公報(以下、「引用例」という。)には、図面とともに次の技術事項が記載されている。なお、下線は当審が付与した。
(i)「(1)レーザーを絞って照射し、その反射光を読み取って情報面に記録された情報を再生する光情報媒体において、レーザー入射側と反対側の面に情報面が形成された透明物質層と前記情報面上に形成された非透明物質膜とからなる複数の媒体ユニットを、レーザー入射方向に重ね合わせ、且つレーザー入射側に近い情報面の反射率を入射側から遠い情報面の反射率より小さくしたことを特徴とする光情報媒体。」(特許請求の範囲の請求項1参照)、
(ii)「作用
第1発明及び第2発明によれば、2層以上形成した情報面を、レーザー入射側に近い情報面はどその反射率を小さくなるように構成しているので、レーザー入射側から遠い情報面にも十分レーザーが到達し、それぞれの層の情報面を独立に読み出す事ができるようになり、同じ大きさの光情報媒体でも記録領域の面積を数倍にでき、記録密度を飛躍的に向上できる。」(第3頁右上欄2~10行参照)、
(iii)「実施例1
(ディスク構造)
光情報媒体を多層の情報面で構成して、より高密度化する事を目的とする。
本実施例では2層の媒体ユニットからなる場合で、かつ、それらの情報面が再生専用である場合について説明する。第1図は、その2層のうちレーザー入射側より遠い情報面にレーザーが絞られている場合を示す。1はガラスや樹脂の透明物質層で、その片面に情報面2が形成されている。第1図では情報がV溝斜面に記録された場合を示している。その情報面上に半透明薄膜(非透明物質膜)3を入射レーザーの一部だけが反射するように形成する。半透明薄膜3の上に更に透明物質層4の一面に情報面5を形成する。情報面5上の反射膜(非透明物質膜)6はレーザーを殆ど反射した方がよいのでアルミニウムなどの金属で形成する。7は情報面5に絞られて入射するレーザーである。情報面5にレーザーの絞られた部分が照射されているので、情報面5の情報信号は再生できるが、その途中の情報面2でもレーザーの一部は反射される。7’はその一部の反射光である。しかし、透明物質層4の厚さが十分であれば情報面2上でのレーザービーム径は十分大きくなり、情報面2上の信号は識別しては再生できなくなり、情報面5の再生信号には悪影響は与えない。透明物質層4の厚さは100μm以上あれば十分である。また、情報面2上の半透明薄膜を均一に形成しておけば、入射レーザーは局所的な位相変化を受けないので、信号再生に不適当な回折現象も殆ど無視きる。
第2図は、2層のうちレーザー入射側に近い情報面にレーザーが絞られている場合を示す。8は情報面2に絞られて入射するレーザーを示す。情報面2には絞られたレーザースポットが照射されているので、その情報信号は再生できるが、レーザーの一部は半透明薄膜3を透過し情報面5でも反射される。8’はその反射光を表す。しかし、透明物質層4の厚さが十分であれば、第1図と同様に情報面5上でのレーザービーム径は十分大きくなり、情報面5上の信号は識別しては再生できなくなり、情報面2の再生信号には悪影響は与えない。なお、上記光情報媒体は円盤形状に形成されるのが一般である。
(再生方法)
一般に対物レンズでレーザーを十分に絞るには、対物レンズと情報面との間の透明物質層の厚さを、透明物質層の厚さと屈折率の積が対物レンズで決まる値にしなければならない。例えば、CDやビデオディスクに用いられている対物レンズでは、ディスク基材の屈折率は約1.5であり、厚さは1.2mmである。第1図、第2図の場合では、透明物質層1、4の厚さの合計が再生用の対物レンズで決められた所定の値になるように選ぶ。第1図では対物レンズと再生する情報面の間の透明物質層の厚さは2層の透明物質層1、4の厚さの合計になり、レーザーは十分に絞られて品質の高い信号が再生できる。しかし、第2図の場合では対物レンズと情報面の間の透明物質層の厚さは1層の透明物質層の厚さだけであるから、必要な厚さより薄くなりレーザーはよく絞れず再生信号が劣化する。そこで、第2図に示すようにレーザー入射側に近い情報面2を再生する時は、レーザー入射の途中に不足する厚さに相当する厚さの透明板9を挿入して所定の厚さを確保するようにする。
(3層以上の場合)
2層媒体について述べたが、3層以上の情報面を持つ媒体でも同様である。レーザー入射側に近い情報面はどレーザーの反射率を小さくして、レーザー入射側より遠い情報面にもレーザーを到達させて再生できるようにする。異なる情報面の間隔をある程度大きく(例えば、100μm以上)すれば、1つの情報面の再生中に他の情報面の信号が悪影響を及ぼす事は無視できるようになる。また、3層以上の異なる情報面を再生する時は、対物レンズとディスク間に挿入する透明板の厚さを変更して対応すればよい。」(第3頁左下欄7行~第4頁左下欄3行参照)。

これらの記載からみて、また、光情報媒体を備え且つ光学的に再生を行なう仕組み(装置)を有することが光情報記録再生系であることを意味するといえることから、引用例には、同じ大きさの光情報媒体でも記録領域の面積を数倍にでき、記録密度を飛躍的に向上できた、次の発明(以下、「引用例発明」という。)が記載されているものと認められる。
「レーザーを絞って照射し、その反射光を読み取って情報面に記録された情報を再生する光情報媒体と、レーザーと対物レンズを有し光学的に情報再生する装置と、を備えた光情報記録再生系において、
レーザー入射側と反対側の面に情報面が形成された透明物質層と前記情報面上に形成された非透明物質膜(半透明薄膜、反射膜)とからなる複数の媒体ユニットを、レーザー入射方向に重ね合わせ、且つレーザー入射側に近い情報面の反射率を入射側から遠い情報面の反射率より小さくし、それぞれの層の情報面を独立に読み出す事ができるようにした光情報媒体を備え、
レーザー入射側より遠い情報面または近い情報面にレーザーが絞られ、絞られたレーザースポットが照射されている情報面の情報信号を再生できる、
光情報記録再生系。」

III.対比・判断
そこで、本願発明と引用例発明とを対比する。
(a)引用例発明の「レーザー入射側と反対側の面に情報面が形成された透明物質層と前記情報面上に形成された非透明物質膜(半透明薄膜、反射膜)とからなる複数の媒体ユニットを、レーザー入射方向に重ね合わせ」た「光情報媒体」、及び、「レーザー入射側より遠い情報面または近い情報面にレーザーが絞られ、絞られたレーザースポットが照射されている情報面の情報信号を再生できる」は、
該「光情報媒体」が、少なくとも2面の情報面(情報平面)を有することが明らかであり、それら少なくとも2面の読み出しを一方の側から行うことを想定していることも明らかであるから、
本願発明の「少なくとも2面の情報平面を有する光学的記録担体」及び「前記記録担体の一方の側から前記情報平面を走査する」に相当する。

(b)引用例発明の「レーザーを絞って照射し、その反射光を読み取って情報面に記録された情報を再生する」と「レーザーと対物レンズを有し光学的に情報再生する装置」は、
該「レーザーを絞って照射し、反射光を読み取って情報面に記録された情報を再生する」ことが、周知慣用技術であるところの、情報面にスポットを形成しその反射光を受光素子で受光して電気信号に変換し、その検出出力信号を情報信号に変換し、そのための検出回路を備えることを意味するものと解されるから、
本願発明の「読取り装置とを備え」ること、及び「読取るべき情報平面上に放射線スポットを形成するとともに、前記記録担体からの放射線を検出出力電気信号に変換する放射線感知検出系まで通過させる光学系と、前記検出系に電気的に接続して前記検出出力信号を情報信号に変換する検出回路とを備える」ことに相当する。

(c)本願発明における「情報蓄積系」と「情報記録系」は、記載上異なるものの、同じ意味と解するのが妥当であり、また光学的記録担体に記録することを前提とするものであるから、引用例発明の「光情報記録再生系」と一致する。

してみると、両発明は、
「少なくとも2面の情報平面を有する光学的記録担体と、前記記録担体の一方の側から前記情報平面を走査する読取り装置とを備え、その読取り装置が、読取るべき情報平面上に放射線スポットを形成するとともに、前記記録担体からの放射線を検出出力電気信号に変換する放射線感知検出系まで通過させる光学系と、前記検出系に電気的に接続して前記検出出力信号を情報信号に変換する検出回路とを備える情報蓄積系(情報記録系)。」で、少なくとも一致している。

更に、本願発明では、
「前記情報平面相互間の距離および前記情報平面の光学特性が当該情報蓄積系の妨害に対する要求に適合して、読取るべからざる各情報平面で発生した検出出力信号からなる妨害信号の和と読取るべき情報平面で発生した検出出力信号からなる読取り信号との比が、読取るべからざる全ての情報からの最大妨害信号と読取るべき情報平面の読出し信号との比として前記検出回路によって予め設定された妨害比Qより小さい」との構成(以下、「構成D」という。)で特定されているので検討する。

引用例には、(α)「透明物質層4の厚さが十分であれば情報面2上でのレーザービーム径は十分大きくなり、情報面2上の信号は識別しては再生できなくなり、情報面5の再生信号には悪影響は与えない。」(情報面5にレーザーが絞られている場合)や(β)「透明物質層4の厚さが十分であれば、第1図と同様に情報面5上でのレーザービーム径は十分大きくなり、情報面5上の信号は識別しては再生できなくなり、情報面2の再生信号には悪影響は与えない。」(情報面2にレーザーが絞られている場合)、(γ)「品質の高い信号が再生できる。」、(δ)「異なる情報面の間隔をある程度大きく(例えば、100μm以上)すれば、1つの情報面の再生中に他の情報面の信号が悪影響を及ぼす事は無視できるようになる。」などと記載されている(摘示(iii)参照)。
該「透明物質層4の厚さ」は、本願発明の「情報平面相互間の距離」に相当する。そして、例えば上記(β)の場合に、該「情報面5上の信号」は、本願発明の「読取るべからざる各情報平面で発生した検出出力信号」に相当するものであり、且つ、該「情報面2の再生信号」は、「読取るべき情報平面で発生した検出出力信号」に相当するものである(上記(α)の場合はその逆になる)ところ、前者の信号が後者の信号に悪影響を与えないことは、「読取るべき情報平面で発生した検出出力信号」の読み取りに支障がないことを意味するものと認められる。
してみると、該「情報面5上の信号は識別しては再生できなくなり、情報面2の再生信号には悪影響は与えない」ことや「品質の高い信号が再生できる。」は、検出回路で支障なく再生できることを意味するものであることが明らかであって、本願発明の「前記情報平面相互間の距離および前記情報平面の光学特性が当該情報蓄積系の妨害に対する要求に適合して」いることを意図しているのが明らかといえ、且つ、本願発明の「読取るべからざる各情報平面で発生した検出出力信号からなる妨害信号の和と読取るべき情報平面で発生した検出出力信号からなる読取り信号との比が、読取るべからざる全ての情報からの最大妨害信号と読取るべき情報平面の読出し信号との比として前記検出回路によって予め設定された妨害比Qより小さい」との条件を満たしている状態であるとすることができる。
よって、本願発明の前記構成Dは、引用例発明においても満たされているものである。

この点に関連し、請求人は、審判請求理由において具体的な反論をしていないところ、意見書(平成15年9月25日付け)及び意見書を補足する上申書(平成15年11月6日付け)において、
『引用文献は、十分に大きな値が要求されることを単に述べている。しかしながら、最小の値の重要性は認めていない。それは、とにかく「十分に大きな距離」を教えている。対照的に、光学記録担体の設計者は距離の最小値を知りたい。最小値は製造の可能性のために重要である。情報面間の透明層の厚さは、透明層の厚さの変化の厳密な許容に応ずることができるように小さくあるべきである。さらに、小さいことは、放射線が透明層を通過するとき、球形収差が読取りデバイスに補正を必要とするかもしれない放射線に導入される球形収差の量を減少させるために、非常に望ましい。
引用文献は、そのような小さな値をどのようにして決低するかを教えていない。パラメータの賢明な選択と計算に要求される近似のため、決定は通常の当業者のできる範囲ではない。100μmの最小距離の教示はある情報蓄積系に対しては正しいかもしれないが、しかし、引用文献に記載されていない系のパラメータに依存する他の情報蓄積系に対しては正しくない。』(「7.2」の項を参照)や、
『引用文献には、情報層間の距離が十分に大きく、走査されていない情報層上に記録されている信号が識別され、再生されるのを防止することが述べられている。これは正しくない規準である。これが実際の読取り装置に適用されている場合には、装置は如何なる情報層も正しく読取る事はできない。その理由は走査されていない情報層の信号が著しく大きくなるからである。引用文献は走査されていない情報層からの信号の重要な効果については何等示唆していない。この重要な効果は、走査されていない情報層からの信号とパラメーター形状に表わされた走査情報層からの読取り信号との間の干渉:(即ち)走査されていない情報層からの信号と走査情報層からの読取り信号との比である。これは本願発明の請求項1に述べられている。この比を装置のパラメーターQよりも小さくして、走査されていない情報層からの信号が検出系による読取り信号の正しい検出を不可能としないようにする必要がある。従って、走査されていない情報層からの信号が識別され、再生されるのを防止する要求は正しくない。』(「7.4」の項を参照)などと主張している。

しかしながら、本願発明は、「距離の最小値」に関して何ら特定するものではなく、単に「読取るべからざる全ての情報からの最大妨害信号と読取るべき情報平面の読出し信号との比として前記検出回路によって予め設定された妨害比Qより小さい」と規定しているに過ぎず、妨害比Qより小さければ本願発明に包含されることは明らかであって、「距離の最小値」である必要などないのである。
また、請求人の主張する「球形収差が読取りデバイスに補正を必要とするかもしれない放射線に導入される球形収差の量を減少させるために、非常に望ましい」(「球形収差」は「球面収差」の誤記と認められる。)ことは、本願明細書に記載されていないし、妨害比Qの近傍である「距離の最小値」を採用することは、本願発明の構成として特定されていないから、もともと作用効果として勘案できないものである。なお、引用例発明の実施態様において、「レーザー入射の途中に不足する厚さに相当する厚さの透明板9を挿入して所定の厚さを確保する」手段が説明されているが、そのような手段(構成)も含めて上記一致点として認定した情報記録再生系といえるので、上記手段を採用するか否かは、上記判断を左右する要因ではない。
そして、引用例発明の情報記録再生系において、悪影響無く高い品質で情報再生できるのであるから、その情報記録再生系において想定される妨害比Qよりも小さいことが明白であり、本願発明の前記構成Dを満たしていることから、請求人が主張するような「引用文献に記載されていない系のパラメータに依存する他の情報蓄積系に対しては正しくない」との主張は、引用文献の記載に基づかないものであって、そのような主張は上記判断を何ら左右するものではない。
また、請求人の「引用文献には、情報層間の距離が十分に大きく、走査されていない情報層上に記録されている信号が識別され、再生されるのを防止することが述べられている。これは正しくない規準である。これが実際の読取り装置に適用されている場合には、装置は如何なる情報層も正しく読取る事はできない。」との主張であるが、引用例発明において、読み取るべき情報面の信号は適切に読み取れるている旨明示されているのであり、上記主張は、正しく読み取れることを否定する根拠を示していない以上採用できない。
斯くの如く、上記請求人の主張は、失当であり、到底採用できるものではない。

よって、本願発明は、引用例発明と実質的に相違する点はなく、引用例発明と同一であると認める。

IV.むすび
したがって、本願発明は、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
それ故、他の請求項について論及するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。

不服2004-15524(特願平6-507985 )

1.手続の経緯・本願発明
本願は、1993年9月10日(パリ条約による優先権主張1992年9月11日及び1992年10月28日、EP)を国際出願日とする出願であって、その請求項1~12に係る発明は、平成20年2月20日付手続補正書によって補正された明細書の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1~12に記載されたとおりのものと認められるところ、そのうちの請求項1及び2に係る発明(以下、それぞれ「本願発明1」及び「本願発明2」という。)は次のとおりである。

「【請求項1】
DNAで形質転換されたファフィア株であって、
前記DNAは、
a)ファフィアプロモーターと、
b)ファフィア細胞において発現するべき所望の遺伝子であって、当該遺伝子がファフィアプロモーターより下流にリンカーを介し作動可能な様式でクローン化された外来遺伝子である遺伝子と、
を備える、ファフィア株。
【請求項2】
前記ファフィアプロモーターがアクチンプロモーターである、請求項1に記載の形質転換されたファフィア株。」

2.当審の拒絶理由
一方、当審において平成19年11月14日付けで通知した拒絶の理由の概要は、次の理由(1)及び(2)を含むものである。
(1)この出願の発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
(2)この出願は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第5項第2号に規定する要件を満たしていない。

3.特許法第29条第2項について
(1)引用例
当審において通知した拒絶の理由に引用され、本願の優先日前に頒布された、欧州特許出願公開第482544号明細書(以下、「引用例」という。)には、ファフィア・ロドザイマ菌株を改良する利用可能なただ1つの方法は突然変異誘発の過程を繰り返すことであったことが説明され(2頁29~37行)、
ファフィア・ロドザイマのスフェロプラストを製造する方法を発明したこと、ファフィア・ロドザイマの細胞を融合する方法を発明したこと(3頁4~15行)が記載されている。

(2)対比
本願発明1と引用例に記載された発明は、ファフィア株に関するものである点で一致しているが、本願発明1は、「DNAで形質転換されたファフィア株であって、前記DNAは、a)ファフィアプロモーターと、b)ファフィア細胞において発現するべき所望の遺伝子であって、当該遺伝子がファフィアプロモーターより下流にリンカーを介し作動可能な様式でクローン化された外来遺伝子である遺伝子と、を備え」たものであるのに対し、引用例に記載された発明においては、そのファフィア株は、DNAで形質転換されたものではなく、
「 a)ファフィアプロモーターと、
b)ファフィア細胞において発現するべき所望の遺伝子であって、当該遺伝子がファフィアプロモーターより下流にリンカーを介し作動可能な様式でクローン化された外来遺伝子である遺伝子と」を備えていない点で相違している。

(3)判断
ア)まず、引用例の発明はファフィア株に関するものであるが、当業者が、DNAで形質転換してみようとすること、すなわちそのような課題を抱くことが容易になし得ることか検討する。
本願の優先日においては、大腸菌はもとより、酵母においても遺伝子組み換え技術も発展し、Saccharomycesのみならず、Pichia属酵母においても異種遺伝子により形質転換したことが知られ、技術常識となっている。
ファフィア株は、本願明細書でも説明されているように、アスタキサンチンを含有するものとして知られているものであり、ファフィア株の研究者であれば、ファフィア株を遺伝子組み換え技術により形質転換してみることに、興味を抱かないわけがないものである。請求人が、平成20年2月20日付け意見書に記載するように、本願出願時において、ファフィア株の形質転換は従来困難であったのではなく、単に報告されていないというものである。このことは、当業者が、ファフィア株を遺伝子組み換え技術により形質転換してみようとすることを阻害するような特段の事情がないということであって、当業者であれば、容易に、ファフィア株を遺伝子組み換え技術により形質転換してみようとするものである。

イ)当業者が、ファフィア株を遺伝子組み換え技術により形質転換してみようとしたときに、ファフィアプロモーターを用い、その下流にリンカーを介し作動可能な様式で外来遺伝子をクローン化することが容易にできるか検討する。
遺伝子工学において、異種遺伝子を発現させるのに、宿主由来のプロモーターを用い、その下流にリンカーを介し作動可能な様式で外来遺伝子をクローン化することは周知の技術である。当業者であれば、ファフィア株を形質転換するときにファフィア由来のプロモーターを用いることは容易に想到できるものである。そして、ファフィア由来のプロモーターを取得しようとしたときに、請求人が平成20年2月20日付け意見書においてアクチンプロモーターについて主張しているように、取得が困難なプロモーターもあろうが、ファフィア由来の多種多様なプロモーターのなかには容易に取得できるものもあるといえる。
なお、請求人は、平成20年2月20日付け意見書の5.において、「ファフィアの形質転換プロトコールが一旦確立されたことによって、当業者であれば、本願発明の形質転換技術を指標として、ファフィアアクチンプロモーターを他のファフィアプロモーターに容易に置き換えることができます(本願明細書、第7頁、第10-27行)。」と、従来困難であったファフィアプロモーターの取得が、本願明細書で開示した技術により、アクチンプロモーターのみならず、他のファフィアプロモーターも当業者が容易に取得できるようになったかのような主張をしているが、本願明細書の実施例5、6のアクチンプロモータを取得した過程を見ても、ファフィアの形質転換プロトコールとは関連のない方法を用いているのであり、当を得ない主張である。

ウ)以上により、本願発明1は、引用例に記載された発明及び本願優先日前の周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものである。

4.特許法第36条第5項第2号について
本願発明2は、「アクチンプロモーター」を発明の構成に欠くことのできない事項としている。
ここで、「プロモーター」とは、一般に、遺伝子の転写の開始部位を決定し、またその頻度を直接的に調節するDNA上の領域で、ここにRNAポリメラーゼ又は転写因子が結合することによって機能するものであると知られたものである。
ところが、本願の発明の詳細な説明には、アクチンプロモーターがpGB-Ph9に含まれるSacI-SalI断片に含まれていることは示されているが、SacI-SalI断片は、第3図によれば1000bpを越える大きさであり、しかも、配列も明らかにされていないものであるから、そのどの部分がアクチンプロモーターに相当するものか、まったく明らかになっていない。
したがって、発明の詳細な説明を見ても、アクチンプロモーターが明確ではないので、請求項2に、発明の構成に欠くことのできない事項が記載されていないことになる。

5.むすび
以上のとおり、本願発明1は、引用例に記載された発明及び本願優先日前の周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、また、本願発明2について、本願は、特許法第36条第5項第2号に規定する要件を満たしていない。
よって、その他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本特許出願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。